一期一会
ここの所、以前お世話になったクライアント様からまたお仕事のご依頼を頂くことが増えました。
有難いことです。(-人-)ナム~
ご連絡を頂く事もそうですが、お変わりなかったことにも感謝します。
一期一会という言葉は、百恵ちゃんの歌関係で知りまして、その後耳にしても良い言葉だとは思っても、しみじみした感慨はありませんでした。
昨年の暮れあたり昼に惰眠を貪り、目が覚めてぼんやりと思ったのですが
生まれ変わりがあるとして、前世の自分に
「私はマラソンがしたかったのに出来なかったから変わりにマラソンを楽しみなさい」とか言われたら速攻、前世なんてものは認めない派になるでしょう。
それと同じようにもし次に生まれ変わっても純然たる私ではないので変わりに何かをしてもらうって事はできないんだなぁと...
だから「生まれ変わったら一緒になろうね」なんて迷惑この上ない事だろうなとかロマンチックの欠片も無く思ったわけです。
私が死んだら、『私』はそこでお終い。誰も続きの物語を紡いでなどくれない
今まで生きて来た時間ってそれほど長い時間とは思えないのですが、それなのにそれと同じだけこの後も生が続くとは思えない。
ゴールというものを傍らに感じながら人生って愛おしいなぁと...
なんだかその辺にいるじっちゃんばっちゃんも愛おしいなぁ...とか思えてきて
これも年増の深情け?
なんかちょっと宗教っぽい感じですが...
最近「宗教があるから争いが起こる」という意見に触れまして
私は腐ったりんご教の教祖(笑)ですから葛藤とジレンマを抱いて
無宗教ということでひとつ宜しく
腐ったりんご教って何って?
20世紀の終わりに某宗教の人たちにファミレスでカンヅメにされ
「今世紀の終わりにはみんなこの宗教に入るんだからっ!」とか
「りんごだって食べてみなくちゃ美味しいかどうか分からないでしょ」と入信を勧められた犬童でありましたが、根っからのツッコミ体質だったために
「毒りんごとか?」と言って相手に呆れられ、入信にいたらず。
地球上のみんながその宗教に入ったら平和な世の中になったのかもと思いつつも
21世紀を迎えてしまい、毒りんごとまで積極性も無く腐ったりんごとしてみんな信じるものがあっていいねぇ...とテンション低くまったりと生きております。
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